永射保が病気(がん)のため永眠。プロ時に自衛隊へ入隊していた真実

 

永射保が病気(がん)のため永眠。プロ在籍時に自衛隊へ入隊していたって本当!?

「史上最強のワンポイント」

「日本一の左殺し」

などと謳われた

永射 保さん

(ながい・たもつ=元プロ野球投手)

が2017年6月24日午前8時ごろ、

福岡県久留米市内の病院で死去された

NEWSが入ってきました。

 

年齢は63歳

 

 

私は、パワプロでしか永射保さんのことを

知らなくて、

私と同じ左のサイドスローであることから

永射保さんは私のアレンジチームに入れて、

中継ぎで活躍していました。

 

それだけに

永射保さんが病気での

訃報には驚きを隠せませんでした。

 

現役時代思い入れがあって

深い悲しみに包まれたファンの方も

大勢いらっしゃると思います。

 

この記事では永射保さんについて

調べたことを書いていこうと思います。

 

調べていくと、

様々な伝説を残した名投手であることが分かりました。

 

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永射保さんのプロフィール

 

●生年月日;1953年10月3日(63歳でした)

●身長;172センチ

 ●ポジション;投手(サイドスロー)

 ●投打; 左投げ左打ち

●球歴

鹿児島県指宿市立指宿商業高等学校(高校時代)

ドラフト3位でカープに入団

広島東洋カープ (1972 – 1973)

西武ライオンズ (1974 – 1986)

 横浜大洋ホエールズ (1987 – 1988)

↓ 

福岡ダイエーホークス (1989 – 1990)

●通算成績

通算606試合に登板。44勝37敗21セーブ。

主にワンポイントリリーフとして活躍。

 

永射保さんの死因について

 

永射保さんの死因はがん

ということですが、

何の癌だったかは

現在の所分かりませんでした。

 

がんという病気を抱えるということは、

おそらく辛い闘病生活を

されていたのではないか

と予想されます。

 

 

永射保さんが自衛隊に入隊していた真実。

 

永射保さんは様々な伝説を

持ったプレーヤーです。

 

中でも調べていてわかったのは、

 

プロ野球に在籍しながらも

『自衛隊』に入隊していた経験

があるそうです。

 

永射さんが在籍した当時の球団は

現在のプロ野球のように華やかではなく、

オフシーズンにはアルバイトをして

生計を立てる選手も

たくさんいた

といいます。

 

永射保さんも例外ではありません

そんな永射保さんが選んだ仕事は

「自衛隊」

自衛隊を選んだ理由としては

「給料もいいし、トレーニングにもなる」

といったことから。

 

「プロ野球選手でも自衛隊になれるの!?」

とも思いましたが、

 

身分を隠して入隊して、

キャンプ前に上官に自らバラしたのだとか・・・ 

 

当時の上官からは

「流石プロ野球選手!基礎体力が違うと思っていた」

と褒められたそうです。

 

おそらく、永射保さんだけが現役中に

自衛隊を経験した、

ただ一人のプロ野球選手だろうと

思います。

 

 

永射保さんのフォームはピンクレディーの『サウスポー』の振り付けモデルに!

 

ピンクレディーの大ヒット曲

「サウスポー」

振り付けに出て来る投球フォームは

永射保さんのフォームがモデルに

なっているそうです。

 

「ピンクレディーのサウスポー、

サイドスロー気味じゃね!?」

と思っていましたが

ようやくそのナゾが解けました。

 

ちなみにこの「サウスポー」という曲は、

世界の王貞治さんを

大きなカーブで空振り三振に仕留めた

永射さんの投球に感動して、

歌詞が書かれたとか。

 

歌詞の中の

「背番号1の凄い奴」

「一本足」

「スーパースターのお出まし」

は王さんのことを指すそうです。

 

 

■永射保さんの投球スタイル

 

永射保さんは言っています。

「とにかくタイミングを外すことに

全てをかけていた」

と。

 

投球フォームを工夫したり、

始動のタイミングを変えたりして、

かなり工夫していたようです。

 

レベルは違いますが

同じタイプの投手だけあって

私は大変参考になりました。

 

ワンポイント、

しかも左殺しといわれたくらいだから

かなりコントロールもよかったのでは・・・

と思い、調べた所

『19年間で906回投げて暴投はわずか5』

と素晴らしい数字が出てきました。

 

そりゃ、王さんを

きりきり舞いにできるはずですよね。

 

コントロールを高めるために行った練習は

『ランニング』

 

1年で休みは誕生日と台風の2日しかなかった

というくらい

ほぼ毎日長距離を走り込んで

強靭な足腰をつくった

という伝説もあります。

 

まとめ

引退後は自衛隊ではなく

スナックを経営していたといいます。

スナックの名前は

『サウスポー』

 

私はゲームの世界でしか永射保さんの

雄姿をみることができませんでした。

 

現在のプロ野球では中継ぎ投手の

しっかりしたチームほど

上位に食い込む可能性が高くなり、

中継ぎ投手の地位も上がっています。

 

今のプロ野球でも

永射保さんのような投手は

もっともっと

重宝されていたんだろうなぁー

とも思います。

 

お悔やみ申し上げます。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

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